日本でナシが食べられ始めたのは弥生時代頃
とされ、登呂遺跡などから多数食用にされたと
される根拠の種子などが見つかっている。
ただし、それ以前の遺跡などからは見つかって
いないこと、野生のナシ(山梨)の自生地が人
里周辺のみであることなどから、大陸から人の
手によって持ち込まれたと考えられている。
文献に初めて登場するのは『日本書紀』であり、
持統天皇の693年の詔において五穀とともに
「桑、苧、梨、栗、蕪菁」の栽培を奨励する記述
がある。
江戸時代には栽培技術が発達し、100を越す品
種が果樹園で栽培されていた。
明治時代には、現在の千葉県松戸市において
二十世紀が、現在の神奈川県川崎市で長十
郎がそれぞれ発見され、その後、長らくナシの
代表格として盛んに生産されるようになる。
一時期は全国の栽培面積の8割を長十郎で占
めるほどであった。
また、それまでは晩生種ばかりだったのだが、
多くの早生種を含む優良品種が多数発見され、
盛んに品種改良が行われた。